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フェルメールと同時代に生きた画家レンブラントとは?その生涯【決定版】

フェルメールと同時代に生きた画家レンブラントとは?その生涯

フェルメールの生きた17世紀オランダの絵画は、経済的繁栄を背景に、バブル時代を迎えていました。

当時オランダを訪れた外国人は、絵画が一般市民の間に広がっていることに驚いたと言われています。

絵の注文主は力をつけた市民だったので、絵画の主題も市民が愛し、理解しやすく親しみやすい身近なものが選ばれました。

そして、風俗画、静物画、風景画など様々なジャンルの絵画があったこの時代に、ぜひ押さえておきたい画家がレンブラントです。

耳飾りちゃん

この記事では、フェルメールと同時代に生きたレンブラントの生涯と主な作品について紹介します!

レンブラントとは?その生涯

レンブラント「自画像」

本名はレイン・レンブラント・ファンで、十七世紀オランダを代表する物語画家かつ肖像画家です。

フェルメールより26年早くオランダの古い大学都市ライデンに生まれたレンブラントは、同郷のヤーコブ・ファン・スワーネンブルフに3年ほど師事しました。

物語画や宗教画に始まり、官能的な裸婦などを描きました。

1624年にアムステルダムに出て、ピーテル・ラストマンのもとで半年修行を積み、翌年、故郷で独り立ちしました。

しかし、早くも1632年にはアムステルダムに戻り、肖像画家としての地位を固め、42年には代表作となる集団肖像画である《夜警》を制作しました。

その同じ年に、愛妻を亡くし、息子の乳母と家政婦を愛人にしましたが、2人とも死別しました。

物語画家としても、オランダ総督フレデリック・ヘンドリックの注文を受けるなど、確実に揺るぎない地位を築いていきますが、英蘭戦争の余波もあり、1656年に自己破産の申請を余儀なくされました。

しかし、腕の高さは内外に聞こえており、《ホメーロス》などの傑作を描き続け、63歳でアムステルダムで亡くなりました。

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絵画のみならず、版画、素描にも見るべき傑作を残したスケールの大きい多作の画家です。

レンブラントの代表的な作品

①夜警

レンブラント「夜警」

36歳の時に描かれた、闇と光のコントラストが際立つ大作です。

本作のような集団の肖像画は、全員の顔が平等にはっきりと見えるように描かれるのが常套手段でしたが、レンブラントはスポットライトを浴びているような中央の隊長と、彼の命令に耳を傾ける副隊長を浮かび上がらせて、劇的な効果を狙っています。

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中央やや左の女性のモデルは妻サスキアとする説もあります。

②フローラに扮したサスキア

レンブラント「フローラに扮したサスキア」

28歳のレンブラントが、新妻のサスキアをモデルに描いた作品です。

妻の肖像画を数多く残していますが、ここでは彼女をローラ神話の花の女神、フローラに見立てています。

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みずみずしい表情がいかにも新婚時代らしい一枚です。

③自画像

レンブラント「自画像」

生涯にわたって50枚から60枚の自画像を残し、「自画像の画家」とも言われたのがレンブラントです。

本作では老境にさしかかった63歳の姿がカンヴァスにとどめられています。

おわりに

フェルメールの師といわれるファブリティウスもレンブラントの弟子の1人です。

ということはフェルメールも間接的に影響を受けていたのかもしれない、などと想像を膨らませるのも美術史を知る楽しみの一つになります。

耳飾りちゃん

また、フェルメールと同時代に生きたオランダ画家はレンブラントだけではなく多くの画家がいました。

下記では、フェルメールと同時代に生きた8人の画家についてまとめていますので、コチラもあわせてご覧ください。

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