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フェルメールの作品がナチス・ドイツに!?略奪事件の経緯と真相

フェルメールの作品がナチス・ドイツに!?略奪事件の経緯と真相

ヨハネス・フェルメールの作品【天文学者】は、パリのルーヴル美術館・リシュシュー翼の一角に、【レースを編む女】と共に並んで飾られています。

常に人でたくさんな《モナ・リザ》周辺と違い、フェルメールが飾られているあたりは静かです。

しかし、今では穏やかな雰囲気に包まれている【天文学者】も、20世紀半ばには歴史の荒波に翻弄されていました。

耳飾りちゃん

一歩間違えば、我々は貴重なフェルメール作品を失っていたかもしれないのです。。。

そんな危機を招いた原因は、ナチス・ドイツの総統アドルフ・ヒトラーでした。

耳飾りちゃん

この記事では、フェルメールの作品が危機に瀕したナチス・ドイツにまつわる事件について紹介します!

ヒトラーの美術的嗜好

もともとヒトラーは美術に関心が高かったようで、青年時代は画家を目指し、ウィーンにある名門の美術アカデミーを受験しました。

ただ、2度のチャレンジに失敗したところを見ると、そこまで画才はなかったようです。

画家への道は早々に断たれたとはいえ、権力の座に就いたヒトラーは新たな野望を抱いていました。

オーストリア北部のリンツに、自分好みの美術館を建設する計画を立てたのです。

早速、美術館に展示する作品集めが始まりました。

ムッソリーニの案内で訪れたイタリアのウフィッツィ美術館に影響を受け、野望はさらに膨らみました。

ルーヴル美術館やエルミタージュ美術館にも劣らない壮大な美術館を夢見て、コレクションの収集はいっそう加熱しました。

収集といっても、作品は買い叩かれ、騙し取られ、押収されるというありさまで、実態はほとんど略奪に近かったようです。

最も、ヒトラーの好みには極端な偏りがあり、抽象主義や表現主義といったモダニズム作品は、人々を堕落させる「退廃芸術」と呼んで嫌悪しました。

耳飾りちゃん

ヒトラーが好んだのは、ドイツやイタリア、オランダなどの古典作品で、フェルメールもそのヒトラーのお気に入りの画家の1人でした。

①天文学者

ヨハネス・フェルメール【天文学者】

フェルメール作品を何点か手に入れたヒトラーですが、その中でも特に気に入っていたのが【天文学者】でした。

【天文学者】は1881年から、ユダヤ系の大富豪ロートシルト(英語ではロスチャイルド)家が所有していました。

しかし、ナチスによってユダヤ系の財産が次々と奪い取られる中で、【天文学者】も1940年に押収されてしまったのでした。

とはいえ、次第に戦況が悪化し、美術館の建設どころではなくなってくると、ヒトラーはひとまず大事なコレクションを安全な場所へ移すことに決めました。

【天文学者】はオーストリアのアルトアウスゼーにある岩塩坑に隠されました。

ベルリンの地下壕にこもって指揮をとるようになってからも、ヒトラーは【天文学者】の写真をよく眺めていたといいます。

そして、彼の死がコレクションの運命を危うくすることとなります。

ヒトラー自殺の知らせを受けたアルトアウスゼーでは、すぐさま坑道を爆破する準備に取り掛かりました。

撤退の際は軍事施設や文書などを全て処分し、敵に何も渡さないよう命じられていたからです。

ところが、ここに大きな行き違いがありました。

ヒトラーは「美術品は私利私欲ではなく、リンツの美術館のために集めた。適切に遺贈してほしい。」旨を、遺書に残していました。

つまり、コレクションは破壊の対象外だったのです。

ただ、敗戦が色濃くなる中で指揮系統も混乱し、きちんと伝令が伝わらなかったようでした。

準備は着々と進み、坑道内に爆弾を仕掛けるところまでいったものの、すんでのところで爆破は食い止められました。

美術品の破壊に胸を痛める者たちが、懸命に爆弾を取り除いたのです。

ドイツが降伏するわずか3日前のことでした。

こうして【天文学者】は命拾いしたのです。

耳飾りちゃん

戦争が終結すると、【天文学者】は、ロートシルト家に返され、1982年に同家がルーヴル美術館に寄贈しました。

②絵画芸術

絵画芸術

【絵画芸術】は、ウィーンのツェルニン家が所有していました。

ツェルニン家はユダヤ系ではなかったので、強制的に没収する手段が使えませんでした。

そこで、ナチスは市内の美術史美術館に納めると騙して買い取り、コレクションに加えたのです。

耳飾りちゃん

一説には、ユダヤ系の祖先を持つ妻を守るためにツェルニンは絵を手放したともいいますが、真相ははっきりしません。

③窓辺で手紙を読む女と取り持ち女

窓辺で手紙を読む女と取り持ち女

ドレスデンのアルテマイスター絵画館が所蔵していた【窓辺で手紙を読む女】【取り持ち女】は、戦後も苦難の道が待っていました。

ナチスに美術品を略奪された報復とばかりに、発見したソ連が自国へと持ち帰ってしまったのです。

返還までには長い年月を要しました。

おわりに

ハン・ファン・メーヘレン【キリストと悔恨の女(姦通の女)】

1933〜1945年にかけて、ヨーロッパ各地からナチスが略奪した美術品は60万点に及ぶといいます。

幸いにもフェルメールは持ち主の元に戻ってきましたが、今も推定で10万点の行方がわかっていません。

あまりにも量が膨大なため、正確な数字をはじきだすことができていないようです。

耳飾りちゃん

なかには破壊され、永遠に失われてしまった作品もあります。

2014年に公開された「ミケランジェロ・プロジェクト」は、略奪美術品の奪還劇を描いた映画で、実際各地でこの映画のような救出作戦がおこなわれていました。

ちなみに、ヒトラーよりもナチスの幹部だったゲーリングの方が、フェルメールに入れ込んでいたとも言われています。

最も、ゲーリングが入手した唯一のフェルメール作品《キリストと悔恨の女》は、天才贋作者といわれたハン・ファン・メーヘレンが制作した贋作だったのですが。

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