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【フェルメール】牛乳を注ぐ女の技法と解説【決定版】

牛乳を注ぐ女の作品解説
vermeer

【牛乳を注ぐ女】は、日常の何気ない風景を卓越した技術で演出した作品で、ヨハネス・フェルメールの代表的な作品の一つです。

フェルメールに詳しくない人でも、この作品と【真珠の耳飾りの少女】は知っている人が多いはず。

作品はこの他にも【窓辺で手紙を読む女】などがあり、現存している作品は全部で37点あります。

この記事では、そんな【牛乳を注ぐ女】について解説しています!

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①作品の概要

牛乳を注ぐ女
基本データ

◎アムステルダム国立美術館所蔵(オランダ・アムステルダム)

◎1660年ごろ作

◎油彩・カンヴァス

◎45.5cm×41cm

メイドがパンプティング(パンを使うお菓子の一種)を作っている場面です。

その人物の立体感、周囲の物や注がれる牛乳の筋などに見られる写実性、それらを柔らかく照らしている光の表現など、フェルメールのすぐれた技量が随所に見てとれます。

特に、光に照らされているパンやカゴなどのハイライト部分に用いられているのは、明るい絵の具の点によるポワンティエ(点綴技法)という、フェルメール絵画最大の特徴です。

なお、テーブルの四角形は、フェルメールが意図的にゆがめて描いたものとされていましたが、近年、五角形のテーブルがオランダで発見されました。

なので、見たまま描いたという説や、八角系の折り畳み式のテーブルの片方を畳んだ六角形の台を用いているという説もあります。

②作品の見どころ・解釈

牛乳を注ぐ女の色使い(フェルメールブルー)

【牛乳を注ぐ女】は、まだ若い20代後半に描かれた作品ですが、すでにフェルメールの特徴であり、「フェルメールブルー」とも称される黄色が鮮やかに対比されている点に注目してください。

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物にあふれた台所から必要なものだけを残し、三原色だけを使い、形を単純化し、生まれた世界です。

フェルメールの引き算の美学の最初の到達点といっていいでしょう。

色彩構図の力。

【牛乳を注ぐ女】ほどそのことをはっきりと教えてくれる作品は、西洋美術史全体を見渡しても、そうそうありません。

むき出しの土間の台所、壁には釘を刺した痕跡で汚れ、窓には割れたガラスや、いつもは袖で被っている腕を肘まで出し、水仕事で荒れた手で牛乳の入ったカメを支え、じっと白い液体の落ちる様を見つける化粧気のない女性。

身に着けた服も、飾りなど一つない、質素極まりないものです。

それなのに、見る者は、この平凡な日常の一コマに思わず引き込まれ、部屋を見つめ、光に目を細め、圧倒的な存在感の女に目を奪われ、彼女とともにしたたる牛乳とパンをじっと眺めてしまいます。

日々の暮らしのなかで出会えば、見過ごしてしまうような、ありふれた瞬間であり、事物であるのに、見る者をかくも強く捉えて離しません。

色彩と形と構図の力、つまり「絵画の力」が詰まった作品といえるでしょう!

③作品の5つの特徴

1.立体的な効果を生む影と白い線

牛乳を注ぐ女の光の対比

顔の左頬や黄色い服の左半身に、強調された暗い影が描かれているのは、フェルメール流の光の特徴です。

明るく光の当たる壁との対比によって、女性の存在を画面全体から浮き上がらせる効果を与えてきます。

明るい壁と女性の左半身との境目には白く細い線がうっすりと引かれて、さらに立体感を強めています。

2.途中で消された地図

牛乳を注ぐ女のX線写真

X線調査によって、背景の壁には【青衣の女】のような地図が描かれていたことが分かりました。

しかし、フェルメールはこれを途中で塗りつぶして、何もない壁に変更しています。

そうすることによって、見る者の視線が自然と女性に集中するような効果を狙ったのだと考えられています。

3.洗濯籠を消して描かれた足温器

牛乳を注ぐ女の足音器と小枝

右下の床に足温器を配置することで、女性の壁との距離感が明確になっています。

その手前に描かれた小枝も、奥行きを示すさりげない演出です。

この床にはもともと大きな洗濯カゴが描かれていましたが、テーブルの上にパン籠、左の壁にもカゴがあるので、モチーフの重複を嫌って変更したのかもしれません。

「足温器」はその当時の台所の必需品で、人を暖かくすることから、「他人への気遣い」を意味します。

4.聖母マリアが着る聖なる青とオランダ市民のファッション

カーニヴァルとレントの戦い(ブリューゲル)
ブリューゲル「カーニヴァルとレントの戦い」

西洋絵画では「青い衣装を着ている女性」は、純潔な女性であることを意味します。

これは聖母マリアを連想させるためです。

ヨーロッパでは、色彩にそれぞれ意味があり、現在でも「青=聖母」「金、銀=キリスト」を思い起こさせます。

これは日本人が「朱色」を見ると神社など神聖な場所をイメージするのに近いです。

また、黄色と青のコントラストがパッと目を惹く女性のファッションも特徴的です。

16世紀には《カーニヴァルとレントの間の喧騒》のような白い頭巾とゆったりしたやや暗い色の服が一般的でしたが、17世紀オランダの黄金期には、インドなど東方から鮮やかな色の生地が輸入されるようになり、服の色彩も華やかになっていきます。

こうした流行は庶民層にも浸透していました!

5.硬いパンを牛乳で煮て食べた

牛乳を注ぐ女の牛乳と固いパン

当時のオランダでは、乾燥した硬くなったパン牛乳に浸して、パンプティングやパン粥などにして食べました。

鍋の左隣にあるピッチャーには、調理に使うビールが入っていたと考えられています。

④作品の技法

ポワンティエ

牛乳を注ぐ女のポワンティエ

ミルクや肌などの最も明るい部分が、白い絵の具の小さな点の集合(点描)で表現されているのが、フェルメールならではのテクニックです。(ポワンティエ)

また、この初期の絵では、白い頭巾や上着の袖などに粘りのある絵の具をゴツゴツ厚塗りすることで、見事な現実感を出しています。

奥行きを感じさせるミルクポットの闇や、上着の前のあわせ目や左肩から袖への影が、光を描くということは影を描くことでもあるということを気づかせてくれます。

テーブル上のパンカゴにも同じ技法が使われています。

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一点消失法

牛乳を注ぐ女の一点消失法(消失点)

女性の右手の上には小さな穴があり、これはフェルメールがカンヴァスにピンを刺した跡です。

正確な構図を得るために、白い粉などをまぶした糸を何本かピンに結んで、画面の外側に向けて張り、その糸をはじいてカンヴァスに白い跡をつけます。

その線をなぞって、窓枠などを画面上に組み立てました。

これは遠近法で描くための方法で、一点消失法と言います。

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④作品の背景

ヘラルト・ダウ「玉ねぎを刻む少女」

この作品をもってして、フェルメールの風俗画家としての自負が定まった、そんな風に想像できます。

1656年に制作された【取り持ち女】からおそらくわずか2〜3年、試行錯誤の末に行き着いた作品です。

先例としては、厨房画を繰り返し描いていたダウの作品が思い浮かびます。

しかし、食料品や鍋などで溢れかえったダウ作品と比べてみると、フェルメールの単純化への意思が並々ならぬものだったことが分かります。

実際、X線や赤外線の調査によれば、当初は、後ろの壁に大きな地図が掛かり、画面右下の行火(あんか)あたりには、布がたっぷり入った大き目の籠が置かれていました。

牛乳を注ぐ女は、世俗の仕事にまみれた「マルタ」だったのです。

しかし、フェルメールは最終的にそれらを塗りつぶして、代わりに白いむき出しの壁と、土間の色とそう変わらない目立たぬ行火を選んだのでした。

「マルタ」は、いまや誰に不平をいうこともなく、家事に静かに没頭しています。

日常に行き渡る瞑想の時、「マルタ」と「マリア」は別人ではなく、1人の17世紀の女としてしっかりと生き始めています。

宗教画家フェルメールが風俗画家として自己を確立した瞬間は、宗教画風俗画の別をフェルメール自身が乗り越えた瞬間でもあったのでした。

④おわりに

自分の工房を持たず、技法を継承する弟子もいなかったため、いつしか忘れられたフェルメールは、19世紀中頃まで「謎の画家」といわれていました。

しかし死後、【牛乳を注ぐ女】が競売にかけられた時「デルフトのフェルメールによる、かの有名な牛乳を注ぐ娘。芸術的」との賞賛の声が残っており、高い評価を得ていたことが考えられます。

最初に競売に出されたのは1696年で、175ギルダー(現在の約180万円)で落札され、死後90年経った1765年には560ギルダー(約600万円)まで値段が上がりました。

この時の全体の平均落札額が368ギルダーであり、この絵に高めの値段がつけられたことが分かります。

その後も競売にかけられる度に値段は上がり、最終的には1908年に55万ギルダー(約4680万円)でアムステルダム国立博物館が購入しました。

物価の変動もあり単純計算はできませんが、初めて落札されてから、実に3143倍も値段が高騰しています。

この記事では、【牛乳を注ぐ女】について見どころ、特徴、技法などをまとめました。

下記では、他にもフェルメールの全作品(37作品)について一覧にしてまとめていますので、ぜひこちらもご覧ください。

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