フェルメールについて

フェルメールの転機は?風俗画家への転身

フェルメールの転機は?風俗画家への転身

【牛乳を注ぐ女】【真珠の耳飾りの少女】でお馴染みのヨハネス・フェルメールですが、最初から風俗画を描いていたわけではなく、初めは物語画家として出発していました。

しかし、時流の流れとともにフェルメールは風俗画家へと転身していきます。

耳飾りちゃん

この記事では、物語画家から風俗画家へ転身した頃のフェルメールについて紹介します!

風俗画家への転身

小路

デルフトを拠点にしていた画家たちが他の都市に新天地を求めて移住していきましたが、フェルメールは、ちょっとした旅はあったにしても、デルフトを長く離れることはなかったでようです。

実家の借金の整理のため母を助けねばならないという状況、新妻カタリーナ・ボルネスの家族との顕密な関係が彼をデルフトに引きとめたのでしょうか。

いずれにせよ、それは、物語画家であり続けるのを断念することにつながっていきました。

耳飾りちゃん

デルフトという小さな街で、家族を養えるほどの物語画の需要は到底望めなかったのです。

風俗画家としての意匠

ピーテル・デ・ホーホ【デルフトの中庭】

1656年ごろ、風俗画家への転身を決意したフェルメールは、作品から推測するに、周囲の風俗画家の試みを貪欲に眺めていました。

おそらくフェルメールは積極的にそれらの作例から学び取り、風俗画家として独自の型を見出そうと努めたに違いありません

 耳飾りちゃん

実際、この時期のフェルメール作品は、たいてい上に挙げたいずれかの画家の作品に似ています。

この頃の作品一覧

中断された音楽の稽古
取り持ち女1656年(24歳)
眠る女1657年(25歳)
ワイングラスを持つ女1658年(26歳)
小路1658年(26歳)
士官と笑う女1658年(26歳)〜1660年(28歳)
中断された音楽の稽古1658年(26歳)〜1659年(29歳)
窓辺で手紙を読む女1659年(27歳)
デルフトの眺望1660年(28歳)〜1661年(29歳)

おわりに

独自の型を見出そうとしたフェルメールですが、独自の味わいは当初から漂っていました。

濃厚な色彩、それらの巧みな組み合わせ、少ない数のモチーフ、光の鋭敏の観察と光の表現方法、心理的効果を生むような構図の構成、それらの技は他のどの画家にもない個性に輝いています。

耳飾りちゃん

フェルメールは風俗画家となって、確実に新たな可能性を探り当てていったのです。

フェルメールは風俗画家へと転身したことがその後の画家人生を大きく左右する転機となっていったのでした。

そして、ここからフェルメールは傑作と呼ばれる作品たちを次々に生み出していくのです。

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